読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

趣味男のセルフ観察日記

個人的に書いている日記の公開です。コンテンツ性はないですよん。あしからず。

日々の記録 その4

2017/01/29

さて、朝の日記を書きはじめよう。続けることが大切だ。

今日も、昨日同様、いつも通りに、三時半過ぎに目覚め、ほぼいつも通りの工程を着々と行った。

特筆点としては、英文読解を短縮したことと。また、現代文は、魯迅の文章だった。翻訳が良かったのか、内容は身を摘まされるものだが、文章が簡潔で読んでいて心地よかった。驚くぐらい短時間で解答できた。数学は、漸化式の冒頭まで。やはり読み飛ばし気味。

バッキンコツ&站椿は、行っている最中は何とも思わなかったが、かなり丁寧にやっていたらしく終わってみると二十五分ほど経っていた。

ちなみに、背中の痛みは、軽減傾向にある。明日から、仕事が始まるので、また悪化するかもしれないが、稽古に差し障りがあるほどではなくなった。

古事記、上つ巻を読み終える。今日気になった表現は、男健びと書いて、雄叫びと読むというもの。なんか、カッコイイ。内容は、よくわからないけれど、戦っていた。

 

昨日から、不安感が強かった。簡単に言ってしまうと、自分という存在がいずれ消滅してしまうことへの不安だ(少なくとも、今のままのあり方ではあり得ない。何かしら変わる。大きく変わる)。昨日は、ただただ不安で、それを紛らわせるように音楽を聴いたりコントを見たりしていた。

今朝は、やや考え方が変わり、「この死への不安は、死者への思いをないがしろにしてきたことの裏返しなのではないか」と思った。考えてみると、もう何年も墓参りに行っていない。

いずれ地元に墓参りに帰るとして、今日は、その場で手を合わせ、両祖父のことを思うことにした。心がだいぶ軽くなった。祖父の名前をまるで思いだせなかった。

 

そういえば、今日は、大学時代の先輩であり、現在は、数少ない友人の一人である男と、某美術館へ赴く。詳しい展示内容はちょっと伏せる。現在師事している先生の一人がすすめていたので、行くという、ただそれだけのことなのだが、楽しみだ。もともと、一人で行こうと思っていたのだが、いざ一人で行こうと思うと、遠出に気が引けた。なんとはなしに、美術館付近に在住している彼に会うついでなら、重い腰も上がるだろうと思い誘ってみたのだ。急な誘いに乗っていただき、感謝しています。

 

なんだか、ブログに日記を公開するようになって、まだ四日目だが、どうにも日記が長文化&語りかけるスタイル化しているようだ。

おもろいなあ、と思う。

環境をちょっといじるだけで、アウトプットの仕方も変わるのだ。

人に見せるという視点が加わると、校正&推敲の際、指針が立てやすく面白く作業できるというのも新発見だ。