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趣味男のセルフ観察日記

個人的に書いている日記の公開です。コンテンツ性はないですよん。あしからず。

日々の記録 その6

2017/01/31

おはようございます。

今日も三時半に起床。順調順調。

 

まあ、ちょっと眠くはあるんだけど…

 

現代文は昨日計画した通り、復習のみ行った。実際やってみると、問題演習時には見えてこなかった、細かい対立構造を本文から読みとれておもしろかった。こうした文章を読む精度が上がる、文章を読む際の解像度が上がる感覚と、たとえば武術の練習などで動作が以前より細かく認識できるようになっていく感覚は似ているな、と感じる。

宮本武蔵は、五輪の書において、「武術を極めてからは、茶道や書道とった他の道においても、かくべつ師匠を必要とせず、自然と上達していった」というようなこと(記憶頼りなので正確ではないかも。気になる方は、原点を参照のこと)を記していたが、文章読解の精度が上がることと動作のや観察眼の精度が上がることに繋がりがあるなら、武蔵の主張も、なるほどな、とうなずける。

一事を極めれば、万事に通ず。

今適当に作った言葉だけれど、これが俺の学習という運動に対して抱く理想です。

 

それにしても、腹が減っている。

朝ごはんを早くとりすぎると、胃袋に血が集中して、気力が保たないので、朝食は遅めに取っているのだが、そろそろ限界だ。うう。生ハムでがまんがまん(まだ、米が炊けぬのだ)

 

なんだか、脇道にそれた。

 

ともかく、現代文は予定通り、時間短縮できたうえ、思わぬ収穫もあった。

で、実際に実践してみて思ったのだが、

さらに、一日目に演習、二日目に復習という二日制から、予習、演習、復習を三日に分けて行う三日制の学習システムへと移行してはどうやろう?と夢想している。まあ、二日制の学習になれてから、なのだが。今回じっくり復習だけをおこなってみて、「一つの問題に、一つの課題文に、もっともっと時間をかけて向き合いたい」という気持ちが沸いてきたのだ。で、思いついたのが、実際に問題演習をする前日に、予習がてら、課題文を精読するというもの。

受験生だった頃には、出なかった発想だと思う。

試験時に以下に高得点を取るか、ではなく、いかに文章に対して深く理解していくかを考えた結果出てきた発想だ。というのも、試験対策なら、試験と同じような状況で問題を解こうと考えていたからだ。試験時は許されない問題文の予習なんてものを、日々の学習に取り込もうという思考は一抹もなかった。試験より先に課題文が配布されることはないんだから。

でも、こうした発想が出てくるところに、多少の成長を感じる。

 

(うわ。自画自賛)

 

ともかく、時間短縮できたおかげで、こうしてわりと早めの時間(六時半ごろ~六時五十分)に日記を書けるのだ。ここしばらくおざなりにしていた古典の音読もしっかり行えた。

まあ、ゴフマンさんの『人間と放射線』は今日もお休みだが、時間管理がより上手になれば、また再開していこう。

 

今日も生き抜きましょう